父の日と聞いてふと父を思い出しました。
父の存在が私の魂の成長に大きく影響していた事を知り、
父との出来事からその目的を知ることができました。
そんなお話をこれから何回かに分けてお届けします。
【父の存在】
父は2年前に他界していて、今ではプレゼントを贈る事もなくなりましたが、
生前は毎年父の日にプレゼントを送っていました。
私は幼い頃から父の存在が嫌いでもなく好きでもありませんでした。
それはいつも母のことを見下しているような言動を浴びせていて、
自分は好き放題で母に我慢ばかりさせていたからです。
そしてどうして父が母に対してそんな言動をするのかがわからず、
自分の両親は仲が良くないと感じていました。
そのせいか、小学生の頃は自分は幸せなお嫁さんになりたいと
思っていました。
また、父は幼い頃からダメ出しの人だったので、
元々口数の少ない私はさらに話すのが嫌で、
相談をほとんどしたことがありませんでした。
父は転勤が多く、私の中学2年生のとても多感な時期に
東京に引っ越しすることになりました。
私は勉強に追いつけなくなり勉強が嫌になっていたのもあり、
父がよくしていた「だれだれさんの子供はどこどこの有名な学校に
合格して立派だな」などの話しをとても耳障りに思っていました。
ここで良い学校に入らないと父には認められないと言う観念が
生まれたのだと思います。
そんな父の思いとは反対に勉強が好きではなかった私は、
取り敢えず親の言う通り学校には行かなければならないからと
受験をして、親にはなるべく負担を掛けたくないと思っていたので
なるべくお金のかからない学校に入ろうそんな考でした。
東京に引っ越ししてからは学校だけでなく家にいる窮屈さを感じていて、
短大に入ってからは学校が遠かったのを理由に友達の家に泊まって家に
帰らないことも多くなりました。
友達といる楽しさを知って、家に帰って親と会話をしなくて済むと言う
開放感も味わっていたんだと思います。
そんな私も社会人になって一人暮らしをするようになって結婚や親につ
いて少し考えるようになりました。
そして企業に勤めた私は徐々に父親の仕事の大変さを理解できるように
なってきました。
【父への感情の変化】
私の家族はお互いの気持ちを話したり相談しあったりすることが殆どなく、
愛情表現もほぼしないよく言えばドライな感じではありましたが、
心の中ではいつも家族を思っていて母親は特に子供のことをいつも
心配していました。
幼い頃からの父の言動(ダメ出し)は私の潜在意識にとても根深く
残っていましが、その意識を変えた出来事を思い出しました。
ドライな家族ではありますが、実家にいる時からイベント事をやるのは
好きで父の日、誕生日、バレンタインデーはプレゼントをあげていました。
一人暮らしになっても私はプレゼントを送り続けていて、
プレゼントにはちょっとした感謝の気持ちを込めた手紙も添えていました。
そうすると父からお礼の手紙が送られて来るようになり、
そこには言葉では言ってもらった事がない内容が綴られていました。
それは、私に対して自分の娘だから何があっても大丈夫と信頼し
応援してくれていたこと、私のような人間が今後活躍できる世の中が来る事を
願っていることが書いてありました。
そんな手紙から、ダメ出しばかりの嫌いでも好きでもない父の本当の思いを知り、
私はダメじゃないんだ、今の私でも大丈夫なんだと思えてきて、
涙が溢れ出てきたのを今でも覚えています。
そこから私の父に対する感情が変化していき、
潜在意識は少しずつ書き換えられていったんだと思います。
家族で集まった時には母と妹は父の悪口大会でしたが、
私は時々見かねてそうじゃないよと父の味方をするまでになっていました。
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